2019年08月25日

模擬授業は「パフォーマンス」では乗り切れない!!


0 プロローグ




本ブログは教員採用試験の受験者(教員志願者)向けに塾長が書き下ろしたものです。ただし,教員採用試験の受験者以外の皆様にも是非とも関心を持ってお読みいただきたいと切望する次第でございます。なぜならば,「教育」(の方向性は)一国を左右するため,私たちにとって最大の関心事であるべきだと考えるからです。また, 本ブログには現代の教育事情が赤裸々に綴られてもいるからです。学齢期や受験・就職期のお子様をお持ちの保護者だけではなく,全ての皆様が「教育」に関心をお持ちになり,来たるAI時代を迎える教育の現状を俯瞰され,次代を担う乳幼児・児童・生徒等に対し,ご支援とご助言を賜ることができれば幸いであると願うのです。




1 「模擬授業はパフォーマンスですよね?」




「本気でそう思っているの?」
「試験官に見せる・・・ことが大切ですよね?」
「何を言っているの?」




教員採用試験を直前に控えた受験者との会話である。




「恐らく,この受験者は学習指導案が書けないのだ。学習指導案作成(の試験)も,模擬授業(の試験)も及第点は取れないな。」




私の率直な感想である。









パフォーマンス(performance)
1 演劇・音楽・舞踊などを上演すること。また、その芸・演技。
2 身体を媒介とした芸術表現。演劇などのほか、特に現代美術での表現をさしていう。「前衛書道家によるパフォーマンス」
3 人目を引くためにする行為。「街頭宣伝のパフォーマンス」
4 性能。機能。また、効率。「旧型でもパフォーマンスはいい」「コストパフォーマンス」


コトバンク:パフォーマンス(読み)ぱふぉーまんす,デジタル大辞泉の解説,出典 小学館








この受験者は上記引用中の「3」の意味合いで「パフォーマンス」とか「見せる」とか言っているのだろう。〈授業〉そのものに対する発想の台座が狂っている。「1」や「2」の意味合いで「パフォーマンス」という言表を使用していたのならば,それは「パフォーマンス(パフォーマー)」に対する冒瀆だ。








青空を背景に「YES!」と親指を立てるスーツ姿の男性

模擬授業は飽くまでも〈授業〉だ!!








2 模擬授業は飽くまでも〈授業〉だ!!




思ったとおり,当該の受験者はさっぱり学習指導案が書けなかった。書き方の基本すら知らない。書くための「知識」がないのだ。だから「パフォーマンス」に逃避するのだ。逃避したところで,一体何を「パフォーマンス」する/「見せる」のだ?




学習指導案を書くためには,まずはしっかりとした当人の教科学力が必要である。学習指導案はその上に成り立つ。逆に言えば,学習指導案を一瞥すれば,書き手の教科学力がほぼ分かる。意外とこの〈事実〉が教育界では抜け落ちている。




模擬授業は学習指導案がカチッと書けていて初めて成立するものだ。




「学習指導案はざっくり書けば良い。「導入」だけの模擬授業だから,その構想に傾注する。試験時間も短いのだから,いちいち全体構想を考え,学習指導案を書いていたら,「導入」に向けた「パフォーマンス」を構想する時間が取れない!」




本時で付けたい力(指導目標/めあて)が前提にあり,全体構想があって「導入」や「まとめ」が成り立つ/意味性を持つ。最も大切な本時で付けたい力を抜きにして「導入」を考えている実態が受験者にあった。一体,それって,何を構想するのだ? 試験官に対して奇を衒うことか? だから,「パフォーマンス」なのか? 抑々「ざっくり」も書けていない。学習指導案が捻れている(本時の目標,めあて,まとめ,予想される学習者の姿(解答)及び評価に相関性が全くない。バラバラ)。模擬授業(の試験)を文字どおり「モギジュギョウ」と捉えているのだ。誰かにそう教え込まれているのだ。




模擬授業は飽くまでも〈授業〉だ!!




略筆すれば,まず眼前にいる児童・生徒(学習者実態)を想定(分析)し,単元計画に沿って(単元目標から)本時の目標/めあてを設定する。その上で,最適の学習方法,学習形態,提示資料及び教具等を考えながら,「展開」部のメインとなる学習活動(や質問,発問―発問間でもレベル差を考えよ!―)を考え,それを生かすために相応しい「導入」を構想する。その際,学習指導要領を熟知しておくことが必要だ。




「短い試験の時間の中で,学習指導案を書き,「導入」の構想を練らなければならない。時間配分から考えれば,「導入」の構想に比重が掛かるのは当たり前ではないか! 当然,学習指導案の作成には時間を掛けず,ざっくりと書くしかない!」
「これまで学習指導案作成の練習にどれだけ時間を掛けてきたのか? 書いた学習指導案をプロに見てもらったのか? 練習に時間を費やし鍛錬していれば,(試験程度の)学習指導案の作成にそれほど時間は掛からないものだ!!」









当塾では学習指導案を作成する練習を重ねます。勿論,学習指導のエキスパートである熟練の塾長が一つ一つの指導案を懇切丁寧に添削し,受講者と熟議します。その後,塾長の「O.K」が出るまで何度かリライトをしていただきます。模擬授業の〈模擬授業〉も行い,的確な指導を行います。ただし,第一の目的は,(これから実践するであろう)日頃の〈授業力〉を向上することにあります。プロ中のプロが指導するわけですから,〈授業力〉を身に付ければ,教員採用試験レベルの模擬授業は軽く突破できます。









「鍛地頭-tanjito-」の教え「一教師は一研究者也」,背景はMAZDA ZOOM-ZOOM スタジアム広島

一教師は一研究者也








3 〈授業〉は教師そのものを投影する〈教師〉の総合体である 




今回の最後に一言。




〈授業〉というものは,学習指導案が書ければできるというものではない。先述した教師(教授者)の教科学力は大前提となる。無論,授業スキルも必要だ。




意外と気づかれていないものは〈生徒指導力〉だ。「学習指導と生徒指導とは車の両輪」などとよく言うが,まさにそのとおりだ。児童・生徒(学習者)に対する十分な理解(学習者の実態把握)があって,教授者の人間関係形成能力(≒広義の「コミュニケーション能力」)がモノを言う。それは教室の〈内/外〉で必要だ。つまり,「学習者―教授者」間の信頼関係があり,授業規律の確立した,生徒指導の三機能を生かした授業づくりがあって,ねらう〈学力〉が学習者に付くのだ。




さらに,最近,特に思うことは「教授者に〈問題解決能力〉が身に付いていることが重要だ。」ということだ。ところが,〈問題解決能力〉は今になって求められ始めた〈能力〉ではない。昔から求められている〈能力〉だ。ただし,現代の社会システムがあまりにも複雑な様相を呈し始めた。社会を構造化する繊維は絡まり合っている。だが,そうかと言って,その一方では,「価値観の多様化」というものの,「価値」自体が〈価値性〉を喪失し,「エゴイズム(egoism)」が蔓延,多層化しているのが実態だ。「環境問題」を初めとする地球規模の難問が湧出しているにもかかわらず,未だ解決の糸口は見つかっていない。したがって,〈問題解決能力〉の向上が声高に叫ばれるのも当たり前と言えば当たり前と言える。時代の要請とも言える〈問題解決能力〉は大人をもこどもをも対象とするものであるから,必然的に教育界に求められる〈能力〉となる。その〈能力〉を教員が身に付けていないとしたならば…。




一教師は一研究者なり。




当塾がこのように語る所以がそこにある。大学の卒業論文程度の〈学力〉では物足りない。その左證は学校現場にある。特に,「総合的な探究の時間」が本来の意味で〈探究〉の時間になっているのか? 




今,教員に〈研究能力〉が求められている。こうした〈能力〉も授業を実践する底力の一つである。模擬授業を一瞥すれば,大体見て取れる〈能力〉の一つでもある。




もう1点。「教師はファシリテーターであれ。」と言われて久しい。





ファシリテーター
ファシリテーターとは、ファシリテーションを専門的に担当する人のことをいう。 ファシリテーター自身は集団活動そのものに参加せず、あくまで中立的な立場から活動の支援を行うようにする。例えば会議を行う場合、ファシリテーターは議事進行やセッティングなどを担当するが、会議中に自分の意見を述べたり自ら意思決定をすることはない。これにより、利害から離れた客観的な立場から適切なサポートを行い、集団のメンバーに主体性を持たせることができるとされる。「調整役」「促進者」などと訳される。


コトバンク:ファシリテーター(読み)ふぁしりてーたー,ナビゲート ビジネス基本用語集の解説,出典 ナビゲート,アンダーラインは筆者による。




しかし,AIの本格的な導入を目前に控え,上述したような難題を解決する可能性が高まる中,AI導入期には〈問題解決能力〉と共に〈創造性〉が必須となる。それは〈教師〉にとっても必須の〈力〉である。授業構築だけではなく,教育活動全般に及んで必要とされる〈力〉と言えよう。




教師はファシリテーターであるだけでなく,クリエイターであれ。




これも当塾の教えの一つである。例え「導入」部であれ,一瞥すれば,教科学力・授業構想から授業スキルに至るまで,教授者の〈創造性〉を見て取れるものである。




だが,よく考えるまでもなく,〈創造性〉も〈教育〉の〈不易〉の代表なのである。これまたこれから初めて求められる〈力〉ではない。




模擬授業を侮るなかれ。〈授業〉は教師そのものを投影する〈教師〉の総合体である。








大書された「実力」の文字に突き出された拳

実力(提供 photoAC)








4 まとめ




教員採用試験における模擬授業を「パフォーマンス」で乗り切ることはできない。そうした「思い」が生起する原因は〈授業〉の何たるかを知らないか,〈授業〉を軽んじているかのどちらかにある。つまり,〈真面な〉教員の発想ではない。ということは,「〈授業〉は教師そのものを投影する〈教師〉の総合体である」ことから,〈授業〉を軽んずることは〈教師〉そのものの存在を〈軽んずる〉ことになる。




遺憾ながら,これが風潮なのかもしれない。様々な要因が憶測されるところではある。ただ,現況として学校現場に「授業」を軽んずる傾向がある。ここでは,それが目的ではないので,その傾向の要因を分析することはしない。




しかし,新学習指導要領にこっそりと垣間見えるように,系統学習と問題解決学習との止揚(aufheben)を図ろうとするならば,改めて〈授業〉を見直すことが喫緊の課題である




教員採用試験の受験者は少なくとも前述したくらいの〈授業〉観を持って,試験に臨んで欲しい。筆者は(乳幼児・)児童・生徒(学習者)と共に,教師(教授者)が〈授業〉を〈共創造(co-creation)〉する日が到来することを願って已まない。




さて,上述してきたような〈資質・能力〉を完璧に引っ提げて教員採用試験に臨むことは確かに至難の業だろう。だが,こうした高みを目標に設定し,来る日も来る日も教育事象にかかわる課題に真摯に取り組み,学習指導案,模擬授業,小論文,個別・集団面接,そして市販の問題集等の練習を重ね,ある程度の〈総合的な実力〉を蓄えたならば,例えば,総合体としての〈教師〉が試される模擬授業で何も「(取り繕う意味の)パフォーマンス」を行う必要は一切ないのである。なぜならば,〈自己の内なるパフォーマンス〉が試験の場において必然的に発露するからだ。




しかも,その蓄えられた〈総合的な実力〉は,近いうちに出会うであろう(新しい)(乳幼児・)児童・生徒に対して発現するのである。









当塾では教育事象にかかわる課題解決への検討,学習指導案作成,模擬授業のための〈模擬授業〉,小論文作成,面接練習及び市販問題集の問題に関する質疑応答等を行っております。その目的は教員としての〈総合的な実力〉の基礎的な養成にあります。懇切丁寧な徹底したオンラインによる個別指導ですので,塾生(受講者)のペースに合わせ,都合の良い時間帯に学習を進めることが可能です。当塾であなたの〈オリジナリティー(個の尊厳(dignity))〉を尊重した〈創造性豊かな学び〉を自ら構築してみませんか?












「鍛地頭-tanjito-」と共に,
〈新しい時代〉の〈新しい文化〉を〈共創造(co-creation)〉する
クリエイターとなりませんか?











© 2019 「鍛地頭-tanjito-」 




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2019年08月23日

お手伝いからの〈学び〉の発展―「自己有用感」と「食育」―


この夏休み,家庭内の取り組みとして「お手伝いお当番さん」((当番の主な中身は家の掃除や片付けです。皿洗い・玄関掃除・埃取り・トイレ掃除・各部屋の掃除機掛けなど。))を行っています。どのようにすれば効率よく当番の作業ができるのかを自分たちで考え実践するこどもたちの姿は,とても頼もしく思えます。こどもたちも私も徐々にきれいになっていく家の様子を見ながら,それぞれがそれぞれの作業を行い,終わった後の達成感も心地よい。日々の「お手伝いお当番さん」は順風満帆にはかどっていたのです。




そんなある日,息子(軽度自閉スペクトラム症)が新たな「お手伝い」の提案を口にし始めました。




その「お手伝い」とは…








【参考】

夏休みに家族で取り組む「お手伝い当番表」












1 「当番表」の修正




夏休みに家庭で取り組む「お手伝いお当番さん」。この取り組みで使用する「当番表」を塾長に拝見していただき,とても素敵なアドバイスを頂戴しました。










Masan

Masan



「この当番表そのものに,お手伝いをしたことの評価が視覚的に把握できるような工夫を入れ込んだら? そうしたら,もっと楽しくお手伝いができるのでは?」










さらに,お手伝いに取り組む娘からの指摘もありました。それは,「お手伝いの内容が文字で書かれているため,何をするのか分からない」という内容でした。




したがって,早速「当番表」の修正に取り掛かったのです。








修正した箇所は2点。





    1 評価のために似顔絵を描いたイラスト磁石を追加

    
    2 お手伝い項目(表の縦軸)にイラストを追加




それにもう1点,各人の名前の代わりに用いていた似顔絵マジックをひらがなに変更してみました。








5010823 家庭で取り組む「お手伝いお当番表」修正版.png

【家庭で取り組む「お手伝い当番表」修正版】








名前を似顔絵イラストからひらがなに変更した理由は,娘が自分の名前をひらがなで書く練習をし始めたからなのです。塾長がご指摘くださった,文字の「読み」「書き」の学習にもつながることを考えて,名前をひらがな表記に改めました。ただ,家族みんながひらがな3文字の名前であるため,名前が記載された「当番表」をパッと見ても区別が付き難いかもしれないことを想定し,名前を色別で表記することにしました。




次に,お手伝い項目にイラストを追加した理由をもう少しだけ詳しく述べます。息子は,習っていない漢字でもイメージで読めるという特性があります。(わからない時は,ちゃんと訊いてきたり調べたりしています。)ですが,娘はひらがなの読み書き練習を始めたばかりなので,当番の何をして良いのか理解できず,毎回「今日のお当番はどこですか?」と聞いてきます。ところが,どうもその「聞く」という行為そのものが嫌なようで,端から「分からんもん!!」と不貞腐れることがありました。




娘の心境として「私だけが(当番の何を行うのか)わからない…。」という孤立感を抱いていたのだと推測できたのです。息子と私は,「当番表」を一瞥すれば,何のお手伝いを行うのかを認識できるのですが,娘だけが理解できないという「仲間外れ」の状態にあったわけです。これでは娘が抱いていた折角の主体性(自主性)を損ねることになってしまいます。こうした理由から,家族みんなで取り組むための「一体感」を一人ひとりが感じられるように,お手伝い項目にイラストを追加することにしたのです。




さらに,お手伝いを終えたところに,似顔絵イラストを貼った磁石を置くというひと手間を加えることに。







5010823 家庭で取り組む「お手伝い当番表」修正版.png

【家庭で取り組む「お手伝い当番表」修正版 イラスト磁石】








この作業によって,その日のお手伝いの中で終えたものと終えてないものとの見極めが容易につくとともに,全お手伝いの終了時には,全て終わったという達成感を視覚を通じても感じることが出来るようになりました。




トークンシステムの「お手伝い」の欄も2列に区切ることにしました。毎日,各人2種類の「お手伝い」をこなしているので,それらを完遂すれば,2つのシールを2列に区切られた一マス一マスに貼っていきます。こどもたちは日に日に貯まっていくシールが楽しみのようです。






Masan

Masan



「「お手伝い」を完遂することは第一目標ですから,「お手伝い」を終えたら表内に似顔絵イラストマジックを付けることに意味はあると思います。自己に与えられた役割分担の責任を果たすことは大切なことですから(責任感の育成)。昨今,教員の世界でも矢鱈「協働性」が叫ばれます。―このことは,裏返せば,これまでの教員の世界は,「協働性」が希薄であった左證でもあるのですが。―確かに,AI時代を迎えている現代の有する喫緊の課題として,他者と協働できる能力は必須と言えます。したがって,他者と協働するためには自らの役割に対する責任遂行能力が必要なわけで,そういう意味において,本取り組みは有意義であると言えるのです。」








Masan

Masan



「さらに,評価に絞って述べれば,例えば,各人の似顔絵イラストマジックに「ニコニコ顔」「普通の顔」「悲しい顔」などがあれば良いと思うのです。つまり,「お手伝い」がよくできたときは「ニコニコ顔」,あまりよくできなかったときは「悲しい顔」,それ以外は「普通の顔」というように,「お手伝い」の出来具合に応じて付ける似顔絵イラストマジックを変えるのです。」








Masan

Masan



「それを誰が評価して「ニコニコ顔」「普通の顔」「悲しい顔」にするのかと言えば,まずはその「お手伝い」を担当した本人が行い,表内の指定の場所に付けるのです。評価には他者評価などいろいろな種類がありますが,評価の基本は「自己評価」です。最初に行為者自らが自らを振り返る。この力が大切なのですね。次の発展のために。その上で,自己評価された評価を見て,他の者が評価する(他者評価)。そこで,「自己評価」の修正が必要であれば,当該の行為者が評価の修正を図るのですね。「自己評価」や「他者評価」を通して,良くできているところは今後も伸ばす,できていないところは改善する。このように評価能力を養うことは,自己成長のためには必要なことなのです。」








Masan

Masan



「その際,「自己評価」したその理由を他者に説明するともっと良いですね。他者もその理由を聴いてより的確に「他者評価」できるようになりますから,評価そのものの精度が上がるわけです。勿論,「他者評価」する評価主体も評価の理由を述べるべきですよね。」








Masan

Masan



「えっ,「そんな面倒臭いことをこの忙しい毎日の中でできるものか!」ですって。その発言って,自己中だと思いません? 可愛いかわいいお子様の学習の機会を奪っていますよ。10分でも,5分でも「評価の時間」を取れませんか?」










5010823 トークシステム.jpg

【トークンシステムの用紙(修正版)】








「お手伝いお当番さん」に取り組むことにより,息子と娘の自己有用感が育まれていると考えるのです。




付記




この「お手伝いお当番さん」は「一家団結」をも企図したものです。「一家団結」とは,結局,自己と他の家族構成員との親密な関係性を一層堅固にすることです。つまり,〈他者性〉を重要視した取り組みなのです。(a)




そうした視点に立った時,数多くある世の中のブログ等において「自尊感情」,「自己肯定感」,「自己存在感」及び「自己有用感」などの概念語が示す概念範疇が的確でないものを散見するようになりました。そこで,ここにおいて,文部科学省 国立教育政策研究所 生徒指導・進路指導研究センターの考え方を引用し,それらを整理しておきたいと思います。








「自尊感情」の定義(「「自尊感情」? それとも「自己有用感」? Leaf.18」(国立教育政策研究所 生徒指導・進路指導研究センター,生徒指導リーフ 18版,平成27年3月)より)

「自尊感情」とは(「「自尊感情」? それとも「自己有用感」? Leaf.18」(国立教育政策研究所 生徒指導・進路指導研究センター,生徒指導リーフ 18版,平成27年3月)より)








「自己有用感」の定義(「「自尊感情」? それとも「自己有用感」? Leaf.18」(国立教育政策研究所 生徒指導・進路指導研究センター,生徒指導リーフ 18版,平成27年3月)より)

「自己有用感」とは(同上)








その他,前掲の「生徒指導リーフ」には,次のような記述があります。





♦日本の児童生徒の場合には、他者からの評価が大きく影響する。
♦ 「褒めて ( 自信を持たせて ) 育てる」 という発想よりも、「認められて ( 自信を持って ) 育つ」という発想の方が、子供の自信が持続しやすい。


前掲生徒指導リーフ18









♦他者の存在を前提としない自己評価は、社会性に結びつくとは限らない。
♦ 「自己有用感」 に裏付けられた「自尊感情」 が大切。


前掲生徒指導リーフ18








つまり,これら4つの記述(◆)に通底している考え方に〈他者性〉が認められるということです。(b) そういう意味において,(a)及び(b)から「 「お手伝いお当番さん」に取り組むことにより,息子と娘の自己有用感が育まれていると考えるのです。 」と既述したのです。








さて,そうこうしているうちに,ある日のこと,息子の新たな成長を物語るある動きが起こったのです。








2 息子からの要望




最近,ありがたいことに,勤務後,帰宅して2時間後にはまたパソコンの前に座って仕事をするという機会が増えています。勿論,自主的業務です。そのような私の姿を見ていた息子が少し前から私に言っていたことがありました。




「母ちゃん!! 僕がご飯つくるけん,仕事をしていいよ!!」



















© 2019 「鍛地頭-tanjito-」



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2019年08月18日

自己内のパラダイムシフトを生起する教員養成私塾

パラダイムシフト(提供 photoAC).jpg

パラダイムシフト(提供 photoAC)




今までは,
「子どもに●●の力を身につけさせるために,【私が】◎◎の手立てで,子どもを変える」
という意識が強くありました。


『子どもありき』
「あ,そうか。『子ども主体』の教育を僕はしたいんだ。」


ほんのちょっとの違いなのですが,コロンブスの卵のようなパラダイムシフトが起こったような感覚がしました。


(受講者F様のご感想から)



5010813 教員養成 インスタ用.jpg
↑詳細については,この画像をクリックしてください。↑



1 「乳幼児・児童・生徒ありき」




上述のご感想を受講者のF様から頂戴した時,正直なところ,胸中から込み上げてくる,たぎる血潮を感じました。当塾のオンライン面接試験対策講座※1の一幕(7回目の講座終了時)です。学問に誠実で,勤勉なF様のお言葉であったが故に,余計に血潮は滾ったのです。




「(F様と)一緒に勉強できて良かった。これを〈学縁〉※2と言わないで,何と言うのだ。」
「よし!! もっともっと,自らが持っている〈経験〉や〈実践知〉,〈理論〉を(受講者様と)共有しよう!!」
「毎回,全受講者様固有の指導計画を編み,全力で講座を展開してきた。やってきて良かった。」


様々な思いが胸中を去来しました。




何故にこれまで私が感動し,身を震わせたのか?




それは当塾の講座が教員採用試験での合格を副次的なものと考え,「乳幼児・児童・生徒を第一に考えることのできる教員養成」を基本理念とし,来る日も来る日も講座(個別指導)を展開しているからなのです。




このことについてもう少しだけ触れておきます。(詳細については,次節「2 教員採用試験の〈ホンモノの勉強法〉―開始時期―」(現在,執筆中。未投稿。)で記述いたします。)




当塾の講座では現実的に学校現場で生起している教育現象に基づき,総合的な知見や思考力・判断力・表現力・俯瞰力をフル稼働させ,言わば「探究学習」張りに解決しなければならない実践的な筆者作成のオリジナル教材を用いているのです。




【「鍛地頭-tanjito-」の教材について】

当塾の教材は,高等学校・県教委・大学で教育一筋に精勤した教職歴29年のベテラン塾長が作成しています。つまり,「学校―教育行政―高等教育」の視点から多面的・多角的・総合的に編まれた教材なのです。教育界の酸いも甘いも噛み分けた教育のエキスパートである塾長の涙と汗の結晶とも言うべき当塾の教材を紐解いてみませんか。実践のための基礎力をしっかりと身に付け,現在を含め,将来,出会うであろう乳幼児・児童・生徒の〈教育〉に勤しむことができます。





こうした教材により,じっくりと時間を掛けて育成される教育的な総合力は,主に知識量を問う一次試験が求める能力(広義の意の学力)を遥かに上回り,かつ,含有するものであって,つまり,総合力の育成は一次試験の容易なクリアを意味していると言えるのです。




しかしながら,数多くの教員採用試験受験者は,そこに気づいていない。また,教育的な総合力を養える「場」もない。しかも,偏差値教育を受けてきた受験者たちである。だからこそ,数多くの者は教員になるための学習(=教員採用試験対策)のスタートに立ち遅れ,短期間のニワカ対策で試験の突破だけを考えるようになるのです。大学受験の時のような気持ちと対策法を引っ提げて。




そこには,乳幼児・児童・生徒を第一に考える当塾の基本理念に通底する思考性は微塵もないのです。そこにあるものは,普遍主義・自我中心主義のパラダイムというフレームから自らを解放することのできない,否,それにさえ気づいていないと思われるエゴイズムなのです。—「自分が・・・教員採用試験に合格すれば,それで良い。」—




それでも,そうしたエゴイズムを抱えたまま,教員採用試験に合格する者は合格するのです。(勿論,中には乳幼児・児童・生徒を中心に考える人たちもいるでしょう。)したがって,そこに現状の教員採用試験というシステムのゆがみを見出すことができるのです。その結果,合格を果たした数多くの初任者が教壇に立つのです。








先生の周りに集まる小学生5(提供 photoAC).jpg

 先生の周りに集まる小学生5(提供 photoAC)







しかし,F様は違っていました。









【受講者F様の述懐】



    • 「鍛地頭-tanjito-」は研究サークルのようだ。(筆者の考察:「(乳幼児・児童・生徒は其方退そっちのけで,)「試験にはどこどこが出ます。しっかり覚えましょう。」とか,「この問題は昨年度〇〇県で出題されました。大切な問題です。」などナンセンスな指導ばかりを行わない。乳幼児・児童・生徒を中心に据えて現実的な課題となる教育事象を分析し,改善策等を検討する教育研究会のようだということ」と解する。)

    • 教員採用試験(対策)と(学校)現場での(教育)研究との乖離の中で自己の行き場を失っていたが,「鍛地頭-tanjito-」の考え方・やり方に(自己の)行き場を見つけることができた。

    • 「鍛地頭-tanjito-」の良いところは教員採用試験のノウハウだけを教えるのではなく,大切な理念(筆者注:「まず乳幼児・児童・生徒ありき」)を失っていないところだ。

    • 教員採用試験が終わっても,「鍛地頭-tanjito-」で学びたい。









「当塾の基本理念を理解してくださる方にお会いできた。」
「当塾の基本理念を洗練された自らのお言葉(冒頭のピンクの文字及び上記の「受講者F様の述懐」)で見事に表現してくださった。」




当塾の講座に出会われる以前,F様には「「子どもに●●の力を身につけさせるために,【私が】◎◎の手立てで,子どもを変える」という意識」が強くおありになったようです。—実は,このF様の言表はかなりご謙遜なさった言述(行為)の結果だと,筆者は思っています。講座の中で営んだF様との〈対話〉から,そのことはよく分かります。—要するに,この言述は,当塾に出会う以前のF様が「教師主導型の教育言説」が有する権威性から解放されていなかったことを物語っていると言えます。「【私が】」とあることが,その最たる左證さしょうです。




しかし,筆者がかんがみるに,恐らくF様は「私(=F様)は児童・生徒主体の教育を行いたい。」と無意識裡に思われていたのではないでしょうか? 「了解・到達不能の《他者(=自己)》」※3はそのように意識していたはずなのです。ですが,他者は知らず,自己は知っていると思っていたはずの「自己」※4はいつの間にか「教師主導型の教育言説」に回収されてしまっていたのです。そのため, 「了解・到達不能の《他者(=自己)》」 が抱いていた「児童・生徒主体の教育を行いたい。」との意識は了解・到達不能のフィールド(領海)の深海に封印される結果となったと考えられるのです。そのことは後述の「「あ,そうか。『子ども主体』の教育を僕はしたいんだ。」」との言述から分かります。




それでいながら,F様は「『子ども主体』の教育」を行いたいと思う(仮想の)「自己」と「対話」しているつもりになっていらっしゃったのではないかと拝察されるのです。 そのように述べるのも,「子どもに●●の力を身につけさせるために」は一瞥すると「子ども(乳幼児・児童・生徒)」が主体となっている(教育)と見える/思えるからなのです。ところが,実際,「自己は知っていると思っていたはずの「自己」 」は「教師主導型の教育言説」の有する権威性に回収されていた。これが「自己」の内奥ないおうひそむ言説の持つ権威性の恐ろしさというものです。




F様にとって〈他者〉として存在した当塾は,F様との〈対話〉によって, 了解・到達不能のフィールド(領海)の深海に眠る「児童・生徒主体の授業を行いたい。」との意識の封印を解き放ったのです。— 「了解・到達不能の《他者(=自己)》」 に邂逅したわけではありません。—その際のキーワードは「(まず)子ども(乳幼児・児童・生徒)ありき」でした。「F様—当塾」間で頻繁に繰り返される〈対話〉のコンテクストの中で, F様が語られる「(まず)子ども(乳幼児・児童・生徒)ありき」 の言表は輝きを増していきました。それは事実です。その輝きが封印を解き放ったのです。




「子どもに●●の力を身につけさせるために」と「『子どもありき』」。言表上は「ほんのちょっとの違い」のように見えます/思えます。両者共「乳幼児・児童・生徒が主体の教育」のように見える/思えるのですから。しかし,前者の教育は「【私が】◎◎の手立てで,子どもを変える」のです。「【私が】」。このように「教師主導型の教育/子ども(乳幼児・児童・生徒)主体の教育」と二項対立の構図で捉えるとき,当塾という〈他者〉を介して「『子どもありき』」の言表と〈対話〉したF様には「コロンブスの卵のようなパラダイムシフト※5が起こった」のでした。




「あ,そうか。『子ども主体』の教育を僕はしたいんだ。」




それ以降,F様は「教師主導型の教育(系統学習)」と「子ども(乳幼児・児童・生徒)主体の教育(問題解決学習)」との止揚(aufheben)さえも模索され始めたのです。こうして,F様の内で,それまでに比して高次の〈新しい教育〉のステージが幕を開けたのでした。




F様の真に乳幼児・児童・生徒を〈思いやる〉お心が,F様ご自身をF様にとっての〈新しい教育〉のステージにいざなったのだと思います。物事を捉えるための多視点をお持ちになり,学問に誠実なF様だからこそ,自己変革を成し遂げられたと拝察いたします。




F様の益々のご発展とご健康を衷心よりお祈り申し上げる次第です。





5010818 オンライン面接試験対策講座の光景 藤高英一様.png

講座の様子と受講者様のご感想









本ブログ記事はF様のご承認を得て投稿いたしております。
F様には乳幼児・児童・生徒にかかわる姿勢,学問への〈誠実さ〉等,たくさんのことを学ばせていただきました。
末筆ではございますが,F様の教員採用試験合格をお祈り申し上げるとともに,ここに衷心よりお礼を申し上げます。


塾長 小桝雅典 



※1 現在,教員採用試験対策の集中講座を展開しています。2019(令和元)年8月31日まで。
※2 学問とのご縁,学ぶ者同志のご縁のこと。筆者の大学時代の恩師が大切にされていた言葉。造語。
※3 自己も他者も知らない《自己》のこと。「ジョハリの窓」を援用するならば「未知の窓」に相当すると考えられます。
※4 「ジョハリの窓」を援用するならば「隠された窓」と考えられます。
※5 「パラダイムシフト【paradigm shift】 ① 科学者集団に共有されているパラダイムが,ある時点で革命的・非連続的に変化すること。 ② 思考や概念,規範や価値観が,枠組みごと移り変わること。」(コトバンク:【パラダイムシフト(英語表記)paradigm shift」,大辞林 第三版の解説,出典 三省堂)






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posted by tanjito at 14:25| 広島 ☁| Comment(0) | 「鍛地頭-tanjito-」の営業活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする